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2009年1月31日 (土)

パフィオ

パフィオは、去年も蕾の茎が伸びてきたところで失敗してしまった。毎年同じような失敗を繰り返していたが、今年はようやく開花まで漕ぎつけた。過日掲載したカトレアに続いての快挙である。

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2009年1月30日 (金)

150年前

アメリカのオバマ大統領は、リンカーン大統領に強い思い入れのあることは、宣誓に用いた聖書の事例などからも窺い知ることが出来る。リンカーンは、「奴隷解放宣言」や、わずか3分と短いながら「人民の人民による人民のための政治」の1節が入った、ゲティスバーグ演説などが有名である。

さて約150年前、アメリカでは1861年にリンカーンが16代大統領に就任し、同年南北戦争が始まった。同じころ、江戸では1858年徳川家茂が14代将軍につき、1862年には和宮と結婚している。

外務省の史料館には、1861年8月2日の日付で、リンカーンが家茂に出した書簡が残っているそうだ。末尾にはリンカーンの署名があり、飾りの少ないシンプルな印象を受ける署名で、リンカーンの質素な人柄が偲ばれるという。

内外を問わず歴史については全く方向音痴ながら、こうした資料には興味が湧いてくる。

2009年1月29日 (木)

全文?

「中国国営の新華社通信が、オバマ米大統領の就任演説の「全文」を、中国語訳してウエブサイトに掲載した。「全文」となってはいるものの、よく読むと一部の語句や文節が削除されていて、『都合のいい全訳』ではないか。」 これは、28日夕刊の新聞記事の1部である。

更にこの記事では削除されている部分の例として、

1.「先人達がファシズムと共産主義を屈服させたのは・・・・・」の1節から、「共産主義」が

2.「イスラム世界に対し、私達は共通の利益と相互の尊敬に基づき、新たな道を模索する」の全文

3.「腐敗と謀略、反対者の抑圧によって権力にしがみつく者たちは、歴史の誤った側にいることに気づくべきだ」の全文

などをあげている。つまりこれらの部分は、中国当局にとって都合の悪い部分であり、削除されたというのである。

日本では英文・日本語訳共に正真「全文」が掲載された。不況とか格差拡大とか、世の中ままならないが、報道の自由が保たれているのは、非常に重要なことだと思う。

2009年1月28日 (水)

別世界

政府の第2次補正予算が成立した。この中には、高速道路料金を引き下げるための財源5000億円が盛り込まれている。休日の利用・普通車・ETC装備車を対象に、高速料金が値引きされる。

残念ながら私の車はETCが装備されていないので、割引を受けられない。かといって今さらETCを装備する積りもない。高速道は民営化され、税の投入はないことになっているにも拘らず、今回の処理は税投入の復活であり、納税者として矛盾を感じる。

イタリアの超高級車フェラーリのオープンカーが、11月に499台限定で発売されるという。その内60台が日本向けで、価格は3000万円台ながら、既に全て予約済みとなっているそうだ。不況とは全く無縁の世界である。

ETCの装備がないため高速道路の割引が受けられない、などと嘆いているレベルの人間からでは、想像もつかない社会が存在しているのだ。

2009年1月27日 (火)

事故

暫くご無沙汰しました。ある日突然、ブログへの書き込みができなくなってしまい、今日夕方ようやく復活しました。

どうして書き込みができないのか原因を解明するため、プロバイダーに問い合わせた結果、「ブラウザーの標準化を行い、設定を初期状態に戻す」よう指示があり、指示通り実行しても回復せず、数日が過ぎてしまった。

今夕、プロバイダーから、「遅くなり申し訳ありませんでしたが、復旧しましたので投稿してみてください」との連絡が入り、投稿開始となった次第。書き込み(投稿)不能になった原因は、説明がなく不明、ホストコンピューターにトラブルがあったのだと思う。

数日間書き込みをしなかったため、さぼり癖を覚えたようで、もたもたしている。

2009年1月22日 (木)

不調

なぜか投稿できません?

不調

なぜか投稿ができません?

大統領就任式

第44代アメリカ大統領にオバマ氏が就任した。200万の群衆と全世界が注視する中、就任式が行われた。十分な準備の下に進められた就任式から、ラジオや新聞が伝えたいくつかの話題を拾ってみた。

1.就任演説の時間は21分で、過去の大統領に比べ短めであった。過去最短は、1793年ワシントン大統領が行った135語。最長は1841年 第9代ハリソン大統領の8445語、約2時間の演説。

大統領就任式

200万の群衆と全世界から注目された、オバマ大統領の就任式が行われた。十分な準備作業の下、進められた筈だが、何かと話題も生まれたようだ。就任演説を中心に、ラジオや新聞が伝えたニュースの中から、いくつか拾ってみた。

1.就任演説では、選挙戦中多用された「イエス ウィ キャン」は全く使用されず、「チエンジ」も2回使われただけであった。

2.27歳の青年を主席として、就任演説の原稿が書かれた。

3.演説は21分で短かめであった。過去最短は、1793年 2度目の就任式で行われたワシントン大統領の135語、最長は1841年 第9代大統領の8445語、約2時間。

4.宣誓をした大統領は、「私が44人目」と述べたが、実際は43人目で、オバマ氏の勘違い。オバマ氏は44代大統領に就任したが、22代クリーブランド大統領は、24代大統領にも当選、就任して2度宣誓をしている。

5.宣誓は言葉の順を間違えたため、21日に非公開でやり直しをした。

6.父の生まれた小さな村とは、ケニア西部のコゲロ村である。

7.舞踏会に参加したファーストレディ、ミシェル夫人は、夫のダンスの腕前を心配していた。靴を踏まれることはないかと。

2009年1月21日 (水)

岩盤浴

岩盤浴なるものを初体験する。秋田県玉川温泉の岩盤浴が、ガンに効くと評判なのは承知している。しかし、態々秋田まで寒さに耐えながら出かける勇気はないし、必要も感じていない。今回も岩盤浴が目的で出かけたのではなく、たまには温泉にでもと、とらと意見が一致して出かけたホテルに、たまたま岩盤浴の設備があり初体験ができただけのことである。

パンフレットには、岩盤浴に使用されている石の特殊な効能や、利用者の体験談などが載っている。たった1度の体験では、そうした効果のほどなど掴みようもないが、適度な温度に熱せられた石の上に寝そべって過ごす時間は、気持ちの良いひと時であることは確かである。

帰途、最寄りのハイキングコースに立ち寄り、昨夜取り過ぎたカロリーを適宜燃焼し帰宅した。

2009年1月19日 (月)

鳥キチさん

ジャンパー・長靴姿、ディバックを背負い、双眼鏡を持った自称「鳥キチ」さんに、ウオークの途中梅園の中で会った。

雀ぐらいの大きさの小鳥が、尾をせわしく動かしながら、枝から枝へ移動していた。多分餌を探していたのだろう。双眼鏡から目を離した鳥キチさんは、その鳥が「ルリビタキ」であり、背中が瑠璃色をしていること、梅園にある藪をねぐらにしていることなどを、初対面の私達に教えてくれた。大切な野鳥を見つけ、とにかく誰かにこれがルリビタキであると話をしたくてむずむずしているところに、私達が近づいたような感じであった。

女性の尻を追回せば問題だが、鳥を追うのは健康的だと話していた。ほんの数分間の会話である。

ムサマツさんのブログ「鳥撮り日記」を時々拝見しているが、野鳥の生態を間近に見ることができて面白い。

2009年1月18日 (日)

1日の活動は、目覚しに使っているラジオで「健康ライフ」を聞くことから始まる。しかし、この時間帯ではまだ夢うつつである場合が多く、放送の中身をしっかり理解することは少ない。身支度をし、新聞を取りに出て空模様を確かめ、まずお茶を飲むのが最もポピュラーな行動パターンである。

今朝、お茶の準備中に急須を落とし、取っ手が取れてしまった。壊れた急須を片付けながら、”今日は1日静かに過ごさなければ”と思ったりした。折しも昨日と今日、大学入試センター試験が行われている。受験生のいる家庭でこんなことが起これば、一気に不安が拡がるのかも知れない。

天気が崩れるとの予報が出ていたので、珍しく午前中にウオーキングに出かけた。丁度今日は、市内の消防ポンプ車が公園に集まり、放水訓練をする日であった。これまで見たことはなく、池の遊歩道にポンプ車が並び始めたので、暫く待って放水を見学する。一斉に放水する様子は非常に頼もしく感じられた。しかし、昨年初秋、近くで大火があったことを思い出し、どうしてあのような大火になったのだろうと強い疑念を持った。

2009年1月17日 (土)

イラン⑭(ハーフェズ)

1.そなたと結ばれる吉報はいずこ、私は生命を捧げよう   私は天国の鳥、この世の罠から抜け出そう

2.そなたへの愛に誓って、私を自分の奴隷と呼んでくれるなら   私は時間と空間の支配から抜け出そう

3.神よ、私が埃のように消え去る前に   お導きの雲から慈雨を降らせ給え

4.わが墓の傍らに酒を持ち楽師を連れて坐れ   そなたの芳香で私は墓から踊りながら起き上ろう

5.麗しい歩みの恋人よ、立って姿を見せよ   私は踊りながら生命とこの世に別れを告げよう

これは14世紀に、シラーズで生まれ育ち生涯故郷を愛した、ペルシャ3大詩人の1人、ハーフェズの詩の1節である。恋と酒と自然の美を称えた抒情詩は、神秘的であり、「秘奥の舌」の異名もある。ハーフェズとは、コーランをすべて暗唱し、美しい声で詩句を朗唱する者に与えられた尊称で、本名はシャムツッディーン・モハンマドである。

写真は彼のお墓で、イラン人の観光客が多い。近くには13世紀に活躍したもう1人の詩人、サーディの廟もある。

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2009年1月16日 (金)

無呼吸症候群

陽が落ちてから外出する機会は、退職後殆んど無くなったが、今日は公開講座に参加するため出かけた。この公開講座は、市立病院が毎月第3金曜日の午後7時から開催しているもので、今回は18回目となり、今日のテーマは「睡眠時無呼吸症候群」である。このところ何回か続けて参加しているので、月1の割で夜間外出をしていることになる。

冷たい季節風が強く、参加者は少ないだろうと思われたが、予想以上の参加者であった。多分私同様、自分は睡眠時無呼吸症候群患者ではないかと思われている方々ではなかろうか。

現在では、例え昼日中に眠くなっても無理に起きている必要はなく、適当に横になって眠ればいいのだから、検査や治療は必要ないような気もする。しかし、今夜の話によると、睡眠中の無呼吸が続けば、睡眠の質が悪くなり、また、血液中の酸素が不足し、その影響で高血圧や糖尿病などを発症して命を縮めるとのことであった。さて1度検査を受けるべきかどうか。

2009年1月15日 (木)

周囲

西隣の使われてない事務所が解体されたのは、去年の暮れのことだ。強い季節風がまともに我が家に向かってくることになった。しかしそれ以上に、夕陽が遅くまで『暖』を届けてくれるのは有難い。

今年に入って、斜め向かいのAさん宅で、外壁の塗装工事が始まった。周囲のお宅が次々に装いを新たにしており、ねずみととらの住み家だけが汚れた姿をさらすことになりそうだ。

せめて部分的ながらも、飾りたいとの思いから育てている花が、寒さに耐えて開花した。オンシジュウムは市内に住むBさんから正月前に頂いたもの、カトレヤは、苗を買い求めて以来10年ほど、やっと開花に成功した貴重な花、何日か前に記したアネモネの写真である。

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2009年1月14日 (水)

現役のころの会社は、QC活動が活発であった。QC活動については、ご存知の方も多いと思う。職場内で小集団(サークル)を作り、仕事上での問題点や不都合をテーマに取り上げ、サークル全員で問題点や不都合を排除・改善し、活動内容を社内発表して会社全体のレベルアップを図ろうというものである。

さて、昨夜夢で目を覚ました。3時であった。QC活動で活動実績を発表する役を引き受けていた。しかし、発表会が近づくのに活動が全く進まず、白紙のまま発表会の当日になってしまい、発表の順番が近づいて苦悩していた。

唐突に、大きな魚を抱えた男たちが、発表会場になだれ込んできて大混乱となって幕が下りた。何故突然そんな場面に変わったのかは全くの謎である。

現役を引退して数年がたちフリーの身になったのに、どうしてこんな後味の悪い夢を見るのだろうか。何事にも準備不足で臨む悪い癖を、まだ神様はお許し下さらないようだ。

2009年1月13日 (火)

昼間の時間

静岡気象台の発表では、昨日の昼間の時間が丁度10時間であった。これから春分の日までに、昼間の時間が2時間長くなる訳だ。1日当たり1.8分ずつ日が伸びる計算になる。昨日は成人の日、厳しい寒さであったが、この1.8分の日照のプラスが春を運んでくれる。

例年初冬には風邪の洗礼を受けてきた。幸い今冬は無事通過したと喜んでいたが、今回の寒波ではのどが悲鳴を上げている。

2009年1月12日 (月)

イラン⑬(書道)

書道の起源は中国で、4世紀に活躍した王義之は、政治家・書道家として有名であり、以降無数の書家が輩出している。日本では平安時代に活躍した、空海や嵯峨天皇が名筆を残している。しかし、書道は漢字国の独占芸術ではなく、イスラム諸国でも古い歴史がある。

中東のイスラム教国が使用している文字はアラビア文字で、イランも例外ではない。イランの書道は、7世紀に起ったイスラム教の教典「コーラン」を書き写すことから生まれ、如何に美しく写すかとの願いをもとに発展した。我が国の写経のようなものであろう。

日本で草書体・楷書体などいろいろの書体があるように、イランにもさまざまな書体があるそうだ。内容を理解することは勿論、書体を理解することはできないが、モスクの壁にはコーランの1節が書かれたタイルが用いられているし、街かどで見る看板の書体もさまざまである。

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モスクの外壁

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ヤズド空港ターミナルビルの玄関

Dscn3124 街かどのスナップ(車窓)

2009年1月11日 (日)

初例会

冷たい風の中、勇気を振り絞ってウオーキングに出かけた。午前中開かれたパソコンクラブの初例会で、今年の目標はウオーキングを続けることだと宣言した手前、寒くても少しぐらい風が強くても、休むわけにはいかないのである。

公園の音楽堂では、若者たちが最新のファッションスタイルを競い合い、ボリュームを最大に上げてロックを楽しんでいた。成人式の後に企画されたイベントであろう。若者たちを横目に帰宅した。(残念ながらカメラは持参していなかった)

パソコンクラブの例会は、そんな公園の賑やかさとは対照的であったが、今年の抱負などを述べあった後、早速エクセルを利用してグラフの作成に挑戦した。昨年新規加入者があってメンバーが増え、ベテランから初級者までクラスも広まった。ほぼマンツーマンで勉強会を持つことができ、初心者も容易に例会に参加できるだろうと思っている。写真は例会のひとコマ。

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2009年1月10日 (土)

イラン⑫

イラン南部、ペルシャ湾に臨むファールス州の州都シラーズは、人口約105万人、海抜約1500m、バラと詩で知られ、また、1750年~1795年の間、ザンド朝ペルシャの首都でもあった。世界遺産となっているペルセポリスやバサルガダエ観光の起点でもある。

ナシール・アル・モルク モスクは、シラーズの市長ナシール・アル・モルクが、1905年に私財を投じて建てたモスクで、礼拝堂の東面の窓にステンドグラスが使われ、この窓を通して射し込む朝日が室内をバラ色に飾り、別名ローズモスクとも呼ばれる。朝日に映える礼拝堂を見るため朝1番の観光となった。中庭に面したエイヴァーンに添うミナレット(そう呼ぶかどうかは?)は、6角形のモンゴル式。修理中であったが頂部にシーア派5人の指導者を象徴するファティマの手がある。

Dsc_0422_2 6角形のミナレット?

Dsc_0421 鍾乳石飾りのついたエイヴァーンの天井

Dsc_0423 礼拝堂の内部

エマームザーデイェ・アリー・エブネ・ハムゼ 835年にシラーズで殉教したイマーム(最高指導者)の弟、アリー・エブネ・ハムゼの廟。この聖廟は、シャー・チェラーグ廟と共にシーア派の巡礼地となっているため、女性はチャドルを着用しないと入れない。廟の内壁やドームの天井は、全て鏡のモザイク張で、万華鏡の中に入った感じである。男子高校生が中に座って数学の勉強をしていた。中は静かで勉強にいいらしい。

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廟の外観 私の立っている下の部分もお墓である

Dsc_0438廟の内部 万華鏡の中のよう 女性はチャドルをまとう。

街の中心には、四隅に円筒を持つキャリーム・ハーン城塞が残っている。ここは外観だけの観光であったが、円筒の一つが外側に傾いているのが印象的であった。

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2009年1月 8日 (木)

にほんの里 100選

朝日新聞は、創刊130周年記念事業の1つとして、「にほんの里 100選」を選定し発表した。

昨年春候補地を募集したところ、全国から4474件の応募があり、最終的に映画「寅さんシリーズ」の、山田洋次監督を委員長とする選定委員会が、100件に絞り込み選定したのだそうだ。

全国各地の「里」は、過疎化と高齢化が進んでいるが、選ばれた里は、里の営みを持続させようと努力を続けている元気な里である、と解説されている。

県内では、石部(松崎町)と川根本町が選ばれ、次のように紹介されている。この記事を見て、出来るだけ早い機会に改めてこれらの里を訪れたいと思った次第である。

石部・・・海に面して石組の棚田が広がり、棚田トラストで耕作放棄地がよみがえった。

川根本町・・・樹林に囲まれた小規模な茶畑が多く点在する。森林認証を取得するなど環境へも配慮している。

2009年1月 7日 (水)

平常モード

カレンダーは毎日確実に進んでいる。今日は新年になって初の古紙回収日であった。いつもより古紙の山が高かったように思うが、お歳暮用の包装紙などが多く出されたのだろう。学校も始まり、世の中全てが平常モードに入った。

そんな中で我が家は相変わらずもたもたモードである。もっとも、毎日が休日なのだから、これが我が家の平常モードであり、焦る必要はない。その内定額給付金も入ってくる筈だ。

2009年1月 6日 (火)

あいまいな記憶

図書館で本を借りる。この本は、半年ぐらい前に1度借りたような気もする。自宅に帰りページを繰ってみたら、見覚えのある栞代わりの紙切れが出てきた。以前借りたことが確認できた訳だが、前回借りたとき真剣に読んだのか?、もう忘れてしまったのか?との疑問にも繋がる。

この栞から判断して、この半年間、どうして誰もこの本を読まなかったのだろう、と不思議な思いと、何となく寂しい気もした。

高野 潤氏の「アンデスを歩きつづけて」という本だが、04年4月南米を旅行した時の記憶を甦らせ、また、旅行では訪れることのできなかった、アンデスに暮らす人々の生活を眺めたいと借りてきたのである。

2009年1月 5日 (月)

アネモネ

庭の花壇にアネモネが1輪開花した。アネモネは3月頃に咲くと思っていたがどうしたことだろう。

アネモネは、ギリシャ語で「風」を意味するanemosに由来する。ギリシャ神話では、美の女神アフロディーテが、キューピッドの射た愛の矢で誤って傷つき、美少年アドニスと恋に落ちる。しかし、アドニスは猟に出てイノシシの角に突かれて死んでしまう。アフロディーテが流した悲しみの涙が、アネモネになったとある。

また、アネモネは、自生地の一つであるパレスチナから、十字軍がお土産として持ち帰りヨーロッパに広まったといわれる。旅行会社のパンフレットには、2月にはイスラエルの各地がアネモネのお花畑になると出ている。

そのイスラエルとパレスチナの戦闘が激しさを加えている。アネモネは十分自生しているのだから、これ以上アフロディーテのように悲しみの涙を流す必要は全くないのだが。

anemone

2009年1月 4日 (日)

最高齢

今年、年賀状をいただいた方の中で最高齢者は、91歳の従姉妹で、挨拶文面は印刷であったが、宛名書きは毛筆のしっかりしたものであった。「今年92歳になります」と毛筆の添え書きがあったので年齢に間違いはない。

ねずみの平均寿命が何年位なのかは知らないが、私の両親は比較的長命であったし、上記のとおり従兄弟も、また、姉・兄も80を越えて元気である。”6回目の年男も無事卒業した”などと安閑としては居られない。

2009年1月 3日 (土)

新年

「今年もやるぞ」の意気込みで、元日からウオークに出ている。

快晴に恵まれた遊歩道は混雑していた。健康でありたいと願う人が如何に多いかを物語っている。年末に開花を始めた紅梅は、離れた位置からも開花が確認できるようになった。

2009年1月 2日 (金)

一芸

新聞には「人」欄があり、毎日時の人などが紹介されている。時の人以外にも、世の中にはいろいろの方がおいでになる。超能力の持主、一芸に秀でた方、ギネスブックに名を連ねる方、見方によっては変人・・・・・。

元日の新聞には、円周率を小数点以下10万桁まで、16時間余を掛けて暗唱し、自分の持つ世界記録を塗り替えたという記事があった。次は、11万桁に挑戦するため練習に励んでいるという。

円周率の魅力に取りつかれたのは39歳のとき、記録への挑戦を思い立ったのは55歳だったそうだ。

円周率など5桁を覚えるのが精一杯だし、せめて健康に注意するとしよう。

2009年1月 1日 (木)

夜逃げ屋

元旦の話題としては決して適したものではないが、「夜逃げ屋」と呼ばれる商売のあることを知った。夜逃げ屋は、夜逃げの手助けをする商売で、ヤミ金融業者の高圧的な取り立てから逃れるためなどの利用者が増え、大忙しということである。

夜逃げ屋は、引越しが発覚しないよう、普通の引っ越し業者の半分ほどの短時間で、家財道具を小型トラックに積んで運び出し、引越し先のアパートや仕事までも世話をしてくれるのだそうだ。

古希を迎えるまで平々凡々と、曲がりなりにも1軒の家を持って暮らしてきたし、常識的にも落語の世界にでも出てきそうな、夜逃げがあろうとは思わなかった。ましてやそれを手助けする商売が繁盛しているとは、思いもよらないことであった。

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